学部長、高校訪問に行ってみた

「高校訪問」と聞いて、大学関係者の方々、どう思いますか? ウチでもやってるとか、あれはキツいとか、あんなこと今すぐ止めるべしとか、いろんな意見があることでしょう。実は、僕のオヤジも大学教員でして(実は学部長経験者なのでそのへんはまたおいおい話題に出していくと思います)、今は地元の国立大学を定年退官して、とある私大に勤務しているのですが、先日は高校訪問のために沖縄出張を命じられたとのことで、沖縄巡りをしていたようです。おお、老体になんたる過酷なミッション。70歳近い国立大学定年組の教員に炎暑の沖縄出張を命じるとは、なんて肝がすわった大学なんだ。その大学に心から尊敬の念を持ちました。いや皮肉でも冗談でもなく本当です。閑話休題

僕も最初に、大学の教員が高校を訪問するんだと聞いたときはぎょっとした覚えがあります。でも、ぼやぼやしてると他大学や専門学校に進学していきますから、一人でも多くの生徒を大学に「送って」もらうために高校の先生たちにお願いをするのです。

ところで、今、うちの大学は教員の高校訪問は行ってません。これには理由がいくつかありますし、それに伴うメリットとデメリットが当然あります。かつては、教員による高校訪問はやってました。僕自身もこの大学に来て3年目ぐらいに広報委員として、飯塚周辺の高校を5〜6校訪問したことがあります。

その時の高校訪問の基本はアポなしでした。アポなしの理由は、一日あたりにできるだけ多くの高校を回るためです。大学から渡された資料を山ほど持ってタクシーに乗り込み、「◯◯高校に行ってください」と運転手さんに頼みます。高校についたら、運転手さんにそのまましばらく待ってもらい、受付を通って進路指導室に行きます。たまたま進路指導の先生がいればラッキーだし、そうじゃない場合は、誰か先生が対応してくれることが多いです。

僕「はじめまして。突然訪問して申し訳ありません」
高校の先生「いえいえ。遠いところお疲れ様です」
僕「実は、大学のパンフレットを持ってまいりました。今年も一人でも多くの生徒を送っていただけるよう、宜しくお願いいたします」
高校の先生「はいはい、わかりました。ではパンフレットはそこに置いておいてください」
僕「。。。」
高校の先生「。。。本日はお疲れ様でした」
僕「では、失礼します」

こうしてすごすごと校舎を出て、待たせてあったタクシーに乗り込み、次の高校に向かいます。最短だと所要時間10分ぐらい。もう少し親切な先生だと、「今、おたくの大学の就職率はどれくらいなんですか?」とか話題を振ってくれます。そうするとこちらは、「えっと、その数字については、パンフレットのこのあたりに載ってるのですが。。」などと、よく知らないながらもなんとか説明をします。きちんと準備する時には、その高校出身の学生の状況(ゼミの様子とか単位修得状況とか内定先とか)の一覧を持っていく場合もあります。ただし、進路指導の先生といえども卒業生をみんな知っているわけではないため、これで話が弾む可能性があるのは五分五分です。


かつてうちの大学でやっていたこの方法、営業のプロがみれば、鼻で笑うようなレベルでしょう。以前、ソフトブレーン創業者である宋文洲さんの公演をとある会合で偶然聞くことがありました。「ルートセールスは最もバカな営業のやり方です」と彼が語るのを聞いて「やっぱそうだよなあ」と思いました。また、僕の知り合いにも営業のプロがいるのですが、彼も「一日あたりの訪問数をできるだけ絞ることが重要」「準備に十分時間をかけることが重要」と言っています。

今から考えても、僕がやっていた営業スタイルは最悪だったと思います。パンフを渡すなら郵送で十分です。高校の先生側からすれば、一日いったい何校の訪問があるか考えてくれよ、と文句の一つもいいたかったでしょう。

さて、ここまでが長い前フリでした。僕は、学部長になってすぐに、宋文洲さんや僕の知り合いが言っているような方法で高校訪問をすべきだなと思いました。それに、大学内部にいても寂しくて会議の連続で息が詰まるから(笑)そこで、入試広報室や入試広報委員に、周辺の高校10校ほどを訪問したいとお願いをしました。最大4時間の時間を1週間のうち1日確保した上で、一日あたり1件か2件、進路指導の先生にアポを取ってもらいました。

こうしてアポをとってもらった高校にいよいよ高校訪問スタートです。進路指導の先生にには、「大学の役割がかつてとは明らかに変わってきた。本学ではモチベーションや人間関係の構築を教育の根本として捉えるべきだと考えています」というと、高校の先生たちにとっても、生徒のモチベーションを引き上げることは大きな課題であり、そこは高校と大学で連携することができるんじゃないだろうか、などという話が弾みます。

その結果、ある高校では90分、別の高校では120分、とある高校では45分というように、どの高校でも長時間にわたって情報交換したり、議論したりすることができたのです。ある高校では「わざわざアポとって来てくれる学校はなかなかない」と歓迎してくれたほどです。

その時の高校の先生たちのコメントを少し内容を変えながらも紹介してみましょう。

「実情からして、大学に入っても困るだろうなあと思う生徒が大学に行くようになったのは確かだ。その意味では、大学は大変だろうなあと思う」

「実際に、自分達が教えていても、生徒をこちらに振り向かせること自体に労力を傾けている。」

「以前は、「やる気がないやつは自分の授業を聞くな」という態度で授業をしていたし、生活指導も上からがんとやっていた。生徒の目線に降りて話をするということは「本来、高校教員がやるべきことではない」と考えていた。しかし、それではやはりだめだということに気づき、ここ数年は、生徒の目線に降りるようにしてきた。」

「このように、高校、大学の実情を率直に話し合えることができたのは、今までになかった。お互いの苦労がわかったし、大学の努力の方向性もわかった。進学説明会などでは伝わらなかった部分がしっかりと伝わった」などなど。

もちろん、こんなに好意的なコメントをくれる高校ばかりではないです。ある高校のベテランの進路指導の先生は次のような手厳しい話をしてくれました。

「おたくの大学には、かつて20名単位で受験生が出ていたけど、今はほとんど他大学に行っています。なぜだかわかりますか? そうなった理由は、退学者が多いことですよ。うちの卒業生がどんどん退学していったんです。退学した卒業生は、高校に遊びに来て、実情をよく話してくれました。生徒達は口コミで情報をよく聞いています。大学入学直後の講義の様子(私語等)や、レベル等がひどいと聞きました。他の大学に進学した卒業生は退学しないんです。楽しそうにしています。」「どこの大学も教員が高校訪問をして、新しいカリキュラムの構想、新たな取り組み等を相談していきます。おたくの大学だけがずっと教員が訪問してきてませんでした。ここ数年、大学が完全に止まっていたという印象を受けてます。」

こんなコメントを聞いて、僕は恥じ入るばかりでした。最後に、進路指導の先生は、「本当は、おたくは地元の大学なんだから、生徒をすすめたいのはやまやまなんです。今回のように、教員が高校に来るようになったことだし、これからがんばってほしいと思います」と激励してくださいました。

結局、この先生のコメントは2年後もずっと頭に残っています。大学の学部長に対して、ここまで厳しい本音のコメントをくれる高校の先生がほかにいるでしょうか? 進学説明会で大学の役職者が前にずらっと並んでるような場所では絶対に聞けないようなコメントです。

前回の記事で言ったように、このような高校の先生の考え方は、入試広報員会や役職者が参加する会議で紹介されることはまずありません。それまで、退学者問題が大学の評判と直結しているんだと認識していた人は、大学役職者では皆無でした。みんな、退学者問題は「財務リスク」の問題だと思っていて、「信用リスク」の問題だと認識していなかったのです。ですが、僕があちこちの会議でこの話をすると、みんながしんと黙り込むくらい、この先生の話はインパクトがありました。結局、この先生のコメントから、大学全体が退学者対策に本気で取組むことにつながったともいえます。

このような個人的な体験からいえることは、高校訪問とは、若手の先生に行ってもらうのではなく、大学改革の重要な役割を担っている教員や役職者が行くべきだと、僕は思っています。その際、重要なポイントはつぎの5つでしょう。

・ 高校には事前にアポイントメントをとって訪問すべし。
・ 大学や学部のビジョンや改革にかける思い等、責任者が語れることを述べるべし。
・ 心を開き、誠実に、しかも強い意志と責任感をもって、大学や学部の方針を語るべし。
・ お互いの「教育論」をぶつけ合える関係づくりを目指すべし。
・ 高校の先生の話には大学改革の重要なヒントが多く含まれていると気づくべし。

結局、大学の先生と高校の先生にとって、共通の話題は「教育論」になのです。たとえば、うちの大学だと、偏差値40前後の大学に来る学生を目の前にして、大学がどのような教育を行おうとしているのかを真剣に考えているんだという話をすれば、必ず高校側には強い印象を残せる議論ができるはずです。

さて、話が長くなりました。そろそろ僕も再び高校訪問をしないといけないような気がしてきました。進路指導担当が変わっていなければ、2年前にお会いした先生方と再びお会いして、「法学部は2年間でここまで変わりました。まだまだ頑張ります」という報告をしたいものです。