大学の退学率の意味とは

大学中退:文科省が全国調査へ 年6万人以上、防止策検討(毎日新聞 2014年01月31日) というニュースが話題になっています。

よく大学の就職率が話題になりますが、大学関係者にとっては、実は「退学率」こそが深刻な課題として受け止められていることが多いことでしょう。中堅以下の多くの大学では、2000年前後から退学率が上昇したという経験をしているはずです。進学率40%を超え、これまで大学が想定していたよりもさらに多様な学生が入学するようになり、大きなミスマッチが顕在化した時期です。初年次教育という考え方もほとんどなく、多くの大学は、退学問題に手をこまねいていたのではないかと思います。

すぐに、退学問題は大学経営的な視点から問題だと考えられるようになりました。それはそうです。たとえば毎年3%の学生が退学していけば(これは現在の平均的な私大の状況です)、4年間で1割以上の学生が消えていくことになります。深刻な退学問題を抱えている大学だと6%の退学率くらいはあるはずです。そうなると4年間で2割以上の学生が退学していくのです。これは財務状況を確実に悪化させます。

さらに、退学は財務リスクであるだけではありません。特に初年次の学生が退学した場合、多くは高校の進路指導の先生のところに、次の進路について相談に行くのです。その際、「あの大学は最悪だ。云々」ということを必ず言うはずです。だって、退学したのは、言うまでもなく大学に不満があったからです。それが積もり積もっていけば、いくら入学説明会で高校の先生に対して、「ウチは面倒見の良い大学です」といったところで、高校の先生は「何言ってんだ」と内心腹を立てて、「こんな大学には絶対にうちの学生を送らないようにしよう」と思うようになるはずです。つまり、退学問題とは、結局のところ「信用リスク」なのです。

というわけで、退学者対策に懸命な大学が増えてきています。私大の場合だと、法人主導で取組が行われる場合が多いでしょう。多くの場合、教員が「パーソナル支援」に乗り出すようになります。授業を欠席した学生に対して電話したり、面談したりといった具合です。

「教員と学生の信頼関係が作れたら学生は退学しない」とよく言われます。しかし、面談をすれば学生と教員の間に信頼関係が作れるのでしょうか? 信頼関係とはどういうことを言うのでしょう? 悩みを聞いてあげたら学生は退学しないのでしょうか? 面談制度、パーソナル支援を厚くすることで、退学率を「継続的」に下げることに成功した大学ははたしてあるでしょうか?

もちろん、教員は教育者ですから、最初のうちは、学生との面談を嫌がりはしないでしょう。仮に、こうしたことを嫌がる教員が多数の学部の場合、具体的な対策を取る以前の問題がそこにはあります。大学教員とは「教育者」であるという自覚が決定的に欠けている場合、何をやってもうまくはいきません。しかし、多数の教員に教育者としての自覚があったとしても、そのうち教員たちは無力感にうちひしがれるようになってきます。いくら面談をやっても退学者はほとんど減らないからです。そのうち手を抜き始めます。だんだん面談の回数が減ってきます。こうして元の木阿弥に戻るのです。

もちろん、教員と学生のパーソナルな関係を築くことはとても大事であることは言うまでもありません。しかしそれは、退学対策以前の問題です。日本中退防止研究所の山本繁さんは、「5%を超える退学率の大学で、パーソナル支援は退学問題を解決することはできない」と言っていました。僕も同感です。

僕は、以前、退学した学生の面談結果を分析したことがあります。多くの場合、退学理由はほとんどが「経済的理由」とか「進路変更」でした。そして、気になったのが、進路変更のうち専門学校がかなりの割合を占めていたことです。

なぜ、学生は大学を辞めた後、専門学校に行こうとするのでしょうか? それは、専門学校のほうが、勉強と将来の職業がつながっていると思っているからです。特に文系では、大学の勉強と将来の仕事のつながりは一見関係なさそうにしかみえません。上位大学では、例えば法学部の学生が銀行に就職することは当たり前です。他にも、法学部の学生は、メーカー、商社、不動産等々、幅広い業界に就職しています。しかし、そのロジックは明確ではありません。

結局、退学率の高い大学においては、「大学での勉強と将来の職業との関連性を十分説明できていない」ことが、学生のモチベーション低下をもたらし、それが退学問題の大きな要因になっているといえないでしょうか。学生が大学の勉強に意味を見出せないから、勉強と職業の関連性がより密接と思われる専門学校に進路変更するのではないでしょうか。

しかし、退学者がその後、専門学校で頑張って勉強したり、あるいは、就職してちゃんとやっていけているかというと、なかなかそういうわけにはいきません。上記の記事の中でも「大学中退者(専門学校含む)の就職状況は『一貫して非正規雇用』が約5割で最多。『無職』も14%あった」とあります。やはり、大学を退学することには大きなリスクがあるといえるのです。

だからこそ、やはり大学は退学者対策に真剣に取り組む必要があります。そして、退学者対策の一つの解決策とは、大学の目標人材の明確化であり、そのためのカリキュラムの意味付けの明確化であり、一つ一つの科目の「職業との関連性をもたせた」意味付けにあると言えます。つまりは、組織的な教育改革を推進することこそ、最大の退学者対策なのです。

一つ一つの授業において「この科目、この学問分野を勉強することが社会に出た時にどう生きてくるのか」ということを学生に説得力を持って説明できるかどうかと。それは、「学問と職業のレリバンス」について、学生が納得するロジックやストーリーを組み立てられるかどうかということです。

たとえば、「法律学を勉強することでなぜ銀行に就職できるようになるのか?」といった問いにどう答えればよいでしょう。あるいは「歴史学をいかに学べば、実社会で通用する能力と結びつくか」といった問いにどう答えるのでしょう。それは正解のある問いではありません。その分野の研究者たちが、常に自分自身に問い続けることから見いだせるものかもしれません。あるいは、その大学に蓄積されてきた知見として、学生に説明できることがあるかもしれません。


ともあれ、退学率の高い大学は、「教育改革こそが最大の退学者対策」という言葉を今一度真剣に考える必要があるのではないかと思うのです。


このテーマで続きます。