大学で育成すべき“ジェネリックスキル”とは何か?

ご無沙汰しています。ブログの更新がかなり止まってしまっていました。

さて、岡山にある「つながる地域づくり研究所(http://www.tsunaken.net/)」というところが発行している地方自治体情報誌“つな研ナビ”の第35号(12月発行予定)に、「大学で育成すべき“ジェネリックスキル”とは何か?」というテーマで寄稿しました。本来は会員しか読めないのですが、転載を許可していただいたので、ブログにも掲載します。

つな研の代表理事の一井暁子さんは、元岡山県議会議員で岡山県知事選にもチャレンジしたパワフルな方。実は僕とは小学校1・2年と中学校の同級生です。小学校1年の時から抜群に頭が良かった人で、岡山の未来を切り開く注目人材の一人だと思っています。一井さんとはFacebookが縁で再びつながり、僕もいろいろご相談させてもらったり、このように文章を寄稿したりということが始まりました。

さて、昨日中教審の大学入試改革答申が出されました。大学改革の答申はクリスマス前後に出るのでしょうか? 6年前の学士力答申もクリスマス・イブの日でした。この入試改革答申では、大学入試センター試験に代わって、知識の活用力や思考力を評価する試験への転換といった内容が含まれています。さっそく、いろんな議論がでていますが、ジェネリックスキルと大学教育との関係についてもう少し説明があったほうがよいのではないかと思ったので、急遽掲載します。短い字数の中に詰め込んだので、本当はもっと丁寧に説明したいところもたくさんありますが、またそれは別の機会にしようと思います。

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大学で育成すべき“ジェネリックスキル”とは何か?

はじめに
 今、大学で身につけるべき力として“ジェネリックスキル”という概念が注目されている。特定の職業を越えてあらゆる仕事で必要となる力という意味である。具体的には、「知識活用力」や「課題解決力」などの“考える力”、「コミュニケーション能力」や「自主性・自律性」などの“生きる力”のことを指す。平成20年に中央教育審議会が取りまとめたいわゆる「学士力答申」においても、各専攻分野を通じて培う学士力として、「汎用的技能」や「態度・志向性」が含まれている。

 日本の企業は、大学生に対して、「コミュニケーション能力」「チームワーク・リーダーシップ」「論理的思考力・問題解決力」「倫理観や自己管理力」「成長可能性」等のいわゆる“社会人基礎力”を求めているといわれる。ジェネリックスキルが注目を集めるのも、こうしたニーズに応えるためでもある。

 だが、なぜジェネリックスキルが社会で必要になるのか、また、どうすれば大学でジェネリックスキルを身につけられるのかといった疑問に答えられる人は、大学関係者にもあまり多くはない。そこで、ここではそうした厄介な概念であるジェネリックスキルについて簡単に説明していきたい。


ジェネリックスキル育成の意義
 ジェネリックスキル育成が大学教育において必要だと言われる理由をまとめてみよう。

 まず第1に、大学で学ぶ専門知識だけでは一人前の社会人・職業人を育成できないことは、はっきりしている。「◯◯という知識を身に付ければ◯◯という職業につける」というほど現実は単純ではない。職場では、日々新たに生じる課題に対して有効な解決策を考えだし、協働で実行できる力が求められている。ジェネリックスキルがなければミスマッチが容易に起こりうる。それが多くの職場で起きている早期離職につながっているという見方もある。

 ジェネリックスキルは、人文・社会科学系のように出口が幅広い分野だけでなく、薬学部や保育学部といった職業教育を行う学部でも重要となる。例えば、薬剤師は、医師の処方箋に基づき薬を処方する仕事だけでなく、医師や看護師とのチーム医療の中で、薬学という知識をもとに、患者とのコミュニケーションや処方箋の提案力といったスキルが要求されるようになってきている。化学が得意なだけで薬剤師として仕事ができる時代は終わったのだ。同じことは、日本の産業構造が製造業からサービス業へと移行しつつある中で、あらゆる分野で起きている。

 第2に、日本の企業や組織は、従業員に “つぶしのきく”力を求めるという事情もある。日本企業の社員は様々な部署を経験しながら昇進していく。とりわけ学生に人気の高い自治体職員などの公務員はそうした働き方を要求される。そこで必要となるのは「新たな課題に関する学習能力」や、「様々な人々と協働しながら課題解決にあたれる能力」である。また、多くの職業で仕事の幅が広がってきている。例えば、地域防犯の役割が高まるなかで、都道府県の警察官も県や市町村など自治体への出向が増大している。警察官にも幅広い視点からの政策立案能力が求められる時代なのである。

 第3に、大学進学率が上昇するに伴い、多様な学力を持った学生が増えたことも大きい。高校までの基礎学力が大幅に不足している学生も多い。ジェネリックスキルは大学で専門分野を学んだ結果として伸びることも多いが、大学の学習を円滑に進める上でも必要となる。だからこそ、多くの大学では初年次教育(1年次教育)においてジェネリックスキルを“意識的”に育成しようとしているのである。


ジェネリックスキル育成の方法
 かつての日本の大学生、特に文系学生は、就職の際に大学で学んだ内容が問われることは少なかった。進学率は低く、しかも全員が受験勉強を経験していたからである。だが、現在は入試形態が多様化し、AO入試や推薦入試など面接のみで入学する学生も多い。全入状況の大学も増大している。大学生が社会で通用するジェネリックスキルを習得できるかどうかは、大学の教育にかかっているのだ。

 上で述べたように、ジェネリックスキルは学習の“結果”や“副産物”として身につくものが多い。資料をもとにレポートを書いたり、プレゼンテーションを行ったり、ゼミで文献を読みながらディスカッションを行ったり、卒論を書いたりするような、いわゆる大学生らしい学習を積み重ねることは、「知識活用力」や「課題解決力」といった“考える力”を伸ばすうえで重要であることは言うまでもない。

 ただし、現在では、入学時にきちんとした文章表現能力やディスカッション能力のある学生は多くはない。だから、入学直後から一歩一歩、段階的に育成する必要がある。多くの大学の初年次教育において、アクティブ・ラーニングや文章表現科目が導入されている理由はここにある。

 他方、「コミュニケーション能力」や「自主性・自律性」といった“生きる力”は、授業で知識として教えられるものではない。様々な経験を通じて蓄積されるものである。就職活動で部活動やアルバイト等を含めた大学生活全体の経験が問われる理由はここにある。授業でも、アクティブ・ラーニングや、PBL(Problem Based Learning / Project Based Learning)といった協働学習・経験学習的なアプローチを導入し、学習の“副産物”としてこれらの力を育成することが求められている。

 さらに、多くの日本企業は、大学生に「仕事を通じて学び成長し続ける力」を求めている。だから、大学生の段階から「経験から学び成長する」力もつけておく必要がある。経験から学ぶとは、経験を「ふりかえり」、その中から自分なりの本質的な意味に「気づき」、そこから「次の新たな一歩を踏み出す」というサイクルを自分で回せるようになることである。これらは言葉による活動であることに注目したい。経験学習も単に経験するだけではだめである。経験から学ぶための言語能力を大学の授業を通じて伸ばすことが求められる。

 京都大学の溝上慎一教授によれば、学生の就職状況には、初年次の意識転換や成長が大きな影響を与えているという。学生自身が初年次の段階で、考える力や経験から学ぶ力(生きる力)が必要だと気づくことは、その後の4年間の成長にとって大切なのである。


おわりに
 我が国の大学進学率はこの20年間で25%から50%に急上昇した。その間、高卒者求人数は8分の1に減少した。国内の高卒職の減少が大学進学率を押し上げたのだ。他方で、日本学生支援機構奨学金を借りている大学生は約35%にのぼっている。多くの学生は卒業後に返済しなければならない借金を抱えながらも、高卒で就職する選択肢がないため大学進学を選択せざるを得ないのだ。

 このような状況で、もはや大学をモラトリアムだと思っている大学生は少ない。ただ、「◯◯学部に行けば◯◯という職業人になれる」とか「◯◯という資格をとれば就職できる」といった進路指導を受けて大学に入学したものの、現実とのギャップから不安を感じて前に踏み出せない学生もいる。

 大学は今まで以上に、多様な学生をきちんと教育し、自立した社会人・職業人へ育て上げるという社会的な役割をより強く意識せねばならないだろう。ジェネリックスキル育成はその中心的課題となるはずである。高校においても、社会に出るためには大学で知識活用力や経験から学ぶ力を伸ばすことも重要だという進路指導が期待される。

(以上)