大学の勉強は何の役に立つのか?

あちこちの大学でオープンキャンパスが開始される時期がやってきました。多くの大学では、「うちの大学で◯◯という分野を勉強すれば◯◯という仕事につける」と言うことが多いようです。

たしかにそれは、医・薬・歯学部や教育・保育、理工系などには当てはまります。しかし文系はなかなかそうはいきません。マスコミの勉強をすればマスコミに就職できるわけではないのです。経済学部を出たら銀行に就職できるというものでもありません。

文系学部の一番の課題は「職業との関連性が見えにくい」ところです。それは大学の問題でもあるのですが、同時に日本の雇用形態の問題でもあるのです。しかし、ここではその話には深入りしないでおこうと思います。

一つ確かなのは、今の大学では教員が「この分野、この科目の勉強は社会とどうつながるのか」という説明を考えることは不可欠だといえます。私も授業の第1回目のガイダンスでは、そのような内容を含めるようにしています。そうでなければ、この間まで高校生だった学生に、専門分野に興味をもてといって難しいのが現状です。それに、これが「すべての科目にキャリア教育の視点を入れる」という意味だと考えています。

そこで、「大学での勉強は仕事とどうつながっているのか?」というテーマで、たとえばこんな風に考えられるのではないかというものをエッセイ小説風に書いてみました。これは昨年書いたもので、初年次科目の教材にも使ったものですが、なかなか好評だったので転載します。文体がパスティーシュっぽくなっていますがご容赦ください。

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 私は、新橋にあるちいさな出版社で編集の仕事をしている。出版社というとなんだか華やかそうなイメージがあるけれど、作っているものは企業のチラシやパンフレットだし、会社の事務所が入っているビルもとても古い。会社には、ガハハとよく笑う太った社長と、細くて背が高いのに腰の低い専務と、社員が5名いる。あとは経理のおばちゃんもいる。社長はいつも景気が悪いとグチをこぼしている。

 私は大学では近代文学を専攻した。自分で言うのもなんだが、大学ではわりとまじめに勉強したと思う。卒論は太宰治キリスト教の関係をテーマにした。いろいろ資料を集めたが、指導教官からは自分なりの視点を見つけることが大事だと言われた。自分なりの視点なんて学生の分際でそう簡単に持てるものじゃないだろうと思ったけれど、最初に太宰治を読んだ時の気持ちに立ち戻って、なんとか考えたのだった。その後、論文の構想を立て、お正月はずっと家にこもって卒論に没頭した。出来上がった時には感無量だった。

 でも、友人たちが就職活動をやっていたのに、その間、私はぼおっとしていて、いつの間にか卒業する時期になってしまった。それを見かねた親が、知り合いのつてをたどって、今の会社を探してくれたのだ。

 私は特に出版社で働こうなんて考えてなかった。編集の仕事がなんなのかも全然知らないまま、社長から「日本文学をやったんだったら、文章は書けるだろう、ガハハ」といった感じの簡単な面接だけで採用されたのだった。提示された給料はすごく安かった。でも、他に行くところがないから仕方がない。しばらく働いてみようと思った。

 仕事はわからないことばかりだった。ある会社の新卒採用のパンフレットをはじめてまかされた時には、途方にくれた。相手先との打ち合わせは先輩が手助けしてくれたけれど、先輩は忙しいみたいで、あとは一人ですすめてくれ、とほうりだされたのだった。

 相手先の会社から渡された資料は、会社概要や売上とか社長のメッセージとか、その会社が作ってる製品の細かい説明とか、ありきたりなものが多かった。こんな資料をもとにどうやって採用試験を受けようという学生にアピールする内容のものを作ればよいのだろう? 途方にくれた。

 しかたがないので、他のパンフレットを見たり、図書館に行ってデザインの本を調べたりした。あるデザインの本には、「広告とは、目指す相手に届けるメッセージだ」と書いてあった。私はそれまで、パンフレットはきれいな写真と図が入っていたらそれでいいのかと思っていた。だからこの一文を読んでうむむとうなったのだった。

 そこでもう一度、相手の会社の担当者に話を聞いてみた。すると、
「ウチは地味だけど作ってる製品もいいし、雰囲気も良くていい会社なんだ」と言われた。ほかにも、
「どんどんアイディアを出して自分から動く人に来てもらいたいんだよなあ。ウチみたいな会社が生き残るためには、みんながそんな風に仕事をしないとね」とも言っていた。

 どんどんアイディアを出して自分から動くって、どんな感じなんだろうと思って、私はその会社で製品を開発している人に話を聞くことにした。メガネをかけた地味な年配のおじさんだった。でも、話を聞くと面白かった。会社のみんなでお酒を飲んでる時に、突如アイディアを思いついたのだそうだ。そこから飲み会を切り上げてみんなで会社に戻って、一気に設計図までつくったらしい。社員はみんな仲が良さそうだった。

 こういう会社は小さいけれど楽しそうだなあと思った。だから、パンフレットのタイトルは、「こんな小さな会社だけど未来がある――みんなのアイディアを活かす職場」とした。そこからパンフレットの内容は自然に決まっていった。写真も図も少ないけれど、みんなが何のために仕事をしていて、どんな風に協力しあってるのかを具体的に書いた。開発者のおじさんと若い社員の対談も載せた。大学の友人に見せてダメ出しをしてもらって、直したりもした。

 できた案を持って行くと、相手先の担当者は「こういうことを伝えたかったんだよ」と言ってくれた。うちのガハハ社長も喜んでくれた。「やっぱり大学でちゃんと勉強した人は強いね、仕事のやり方がわかってるなあ、ガハハ」と言ってくれた。私は大学でそんな勉強したことないのにと思ったけれど、でもちょっとうれしかったのだった。

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