大学退学率と就職率についてシミュレーションをしてみた

前回の記事で、退学問題を事例風に紹介しました。

実は、前回紹介した表には続きがあります。


1学年あたりの定員が500名のA大学では、退学率が3.0%です。すると、4年生の段階では443名となり、卒業時には(少なく見積もって)留年が1割出るとして398名になります。4年間で退学者は累計57名です。結局、入学者のほぼ8割(79.9%)が卒業することになります。逆に言えば、4年間で8割しか卒業できないともいえるでしょう。

さて、問題はここからです。

まず、A大学からは大学院進学者が、少し少ないかもしれませんが、5%いるとします。同じ大学の大学院や他大学の大学院に進学する人もいます。そうすると進学者は20名です。

残りは378名です。しかしこのうち全員が就職活動をするわけではありません。実は就職希望者は295名しかいません。実に2割以上の80名が就職を希望していないことになっているのです。その内訳としては、早々と就職活動を諦めてフリーターになることにした無気力組もいれば、人とのコミュニケーションが苦手なので、就活をせず、資格を狙ったり公務員を目指したりして、卒業後に専門学校に行こうとする(ある意味)勉強熱心な学生たちなど様々です。

こうして就職希望者295名のうち93%の275名は無事に就職できることになりました。キャリアセンターもサポートを一生懸命した成果が出たと喜んでいます。この数字は、大学としても宣伝で使いたいので、大学案内やホームページ等で公開することが多いようです。

しかし、実際は卒業者の398名のうち、実際に就職できているのは275名ですから、就職者数を卒業者数で割った「実質就職率」は68.9%なのです。大学院に進学する学生を加えた「進路決定率」は73.9%です。

結局のところ、卒業者の7割程度しか進路が決まっていません。さらに言えば、入学者の500名のうち4年間で卒業して無事に就職ができたのは55%を切るのです。

この数字をどう思いますか? こんな結果しか出ていない大学はレベルの低い大学だと思いますか?

実は、この数字は決して悪い数字ではありません。これが日本の私大の平均的なデータなのです。表の人数をすべて1000倍すると、日本の私大全体の平均的な数字になるのです。

つまり、「日本の私大生が500人だったとしたら、4年間で55人が退学し、45名が留年し、卒業するのは400名。そのうち300名が就職を希望し、うち275名が就職できる。残りの125名のうち100名は就職せずに卒業する」という感じなのです。ここからは、日本の大学が、「だれでも入れてだれでも卒業できる」という一般的に言われている状況とは程遠いことがわかります。

◯参考
http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_soc_tyosa-koyou-graduate-course
http://www.obunsha.co.jp/news_release/269.html


次に、退学率がかなり高いB大学を登場させることにしましょう。


B大学は退学率が6%と結構高いです(もちろんもっと高い大学はいくらでもあります)。この大学だと、卒業する頃には学生が7割に減っています。さらに就職希望者も結構低くて65%ぐらいだとしましょう。そうなると、仮に就職率がA大学と同じ93%だとしても、卒業者のうち実質的に就職するのは6割以下なのです。さらに、入学時から考えると、4年間で卒業して就職できるのは4割しかいないことになります。

これは結構ヒドイ大学だと思われることでしょう。しかし、こういう状況は、わりと知名度の高い人気のある大学でも、起きていることがあるのです。結局、日本では、大学に入学してもそのうちの7割から8割しか4年間で卒業できていません。また、大学に入学した学生のうち、4年間で就職できるのは4割〜6割ぐらいです。

この状況は、どのように考えればよいでしょうか? 学生本人の自己責任の問題なのか、大学の教育力の問題なのか。解決のためには、卒業要件を厳しくすればよいのか、そもそも入学者を絞ったほうが良いのか。

僕は、大学を退学しても社会の中で行き場があるのであれば、大学は卒業要件をもっと厳しくしてもよいと思います。しかし、日本の現状では、大学を中退したら、行き場はほとんどありません。一生非正規社員として生きていく可能性がすごく高まるのです。

また、入学者を絞ったらどうなるか。高卒で行き場のない人たちが社会に溢れます。日本の産業構造がグローバル化によって根本的に転換したせいで、昔のような高卒職が日本から消え失せてしまいました。そういう層を現在は大学が吸収しているわけです。

日本の現状がこういう状況にあるのであれば、大学は、多様な学生を退学させることなくきちんと育て、4年間で社会に送り出すという社会的使命をもっと積極的に意識すべきではないでしょうか。

この「4年間での卒業」と「実質的な就職状況」を左右する大きな要因は「退学率」と「就職希望率」です。しかし、この2つの数字を公開している大学はほとんどありません。

もちろん、大学のホームページでは、「入学者数」「各学年の在籍者数」「卒業者数」「就職者数」は公開が義務付けられていますので、ここから推測することは可能です(毎年一定の数が留年し、一定の数の留年生が卒業すると仮定すれば、「退学率」と「就職希望率」は計算可能です)。

したがって、「退学率」の調査を文科省がするのはよいのですが、もっと重要なのは、これらのデータをきちんと各大学が把握し(いわゆるIRを行い)、経営指標の一つとして位置づけるとともに、その数字の裏側にどういう現実や課題があるのかをきちんと調査し、その課題を組織的な教育改善によって解決する方法を考え、実効することなのです。

退学率や就職希望率を公表するかどうかは別として、各大学がそういったデータをもとに教育改善を行っているかどうかについては、文科省はもっときちんとした調査をしてもよいのではないでしょうか? 教員によるパーソナル支援、スクールカウンセラーによるカウンセリング、キャリアセンターによる就職サポートなどは行われていますが、それで解決できるほど問題は甘くありません。本当に大事なのは、カリキュラム改革であり、教育改善なのです。

それが、「退学者問題」の本質ではないでしょうか。