『教育学術新聞』11月13日(水)号「学部長向けの研修が必要 山本前学部長に聞く」より

『教育学術新聞』11月13日(水)号に掲載されました。「学部長向けの研修(FD)が必要」というタイトルで、「学部教育」全体をどのようにデザインするか、中間管理職たる学部長のスキルはいったいどうやって育成できるのか、という内容です。転載許可をいただいたので、ブログに掲載します。

                              • -

「学部長向けの研修が必要 山本前学部長に聞く」

 大学改革に欠かせないのが、トップの方針を具体的に現場に落とし込んでいく学部長の存在である。しかしながら、学部長が改革を進める際に必要なスキルは、自然と身に付くわけではない。学部長向けの研修が必要と主張するのは、弱冠38歳で法学部長に就任し、学部改革を取り仕切った九州国際大学前法学部長の山本啓一教授だ。
 国際政治学の博士号を取得した山本教授は2001年に同大学法学部に就任した。同僚教員は「うちの学生はダメだ」と口をそろえるが、就任直前のある出来事をきっかけに、山本教授の学生に対する見方は変わった。「学生に駅までの道を聞くと、とても親切に案内してくれました。良い学生たちじゃないかと。できが悪いと言われるけど、良さを見つけて自信をつけさせたいと思いました」。
 早速、ゼミにおいて課題解決型のPBLを導入。商店街の空き店舗を利用した地域活性化事業にも学生を巻き込み、また、学生たちも喜んで夢中になった。「法学部らしからぬ」こうした活動が当時の法学部長の目に止まった。2008年に法学部長が学長に選出され、その時に、学部長をやってくれ、と半ば強引に押し切られた。かくして、弱冠38歳という若さで学部長に大抜擢された。
 就任後にまず取りかかったのは、初年次教育改革だった。しかしながら、学部長として改革案に賛同したのは、3、4人。まずは自ら先頭を切って実践し、協力してくれる教員を徐々に増やしていった。反対しがちな年配教員がちょうど定年だったことも味方した。転機は、本学の使命とは勉強ができない学生を勉強ができるようにさせることだと気づかされた時のこと。「学生が、これまで読めなかった本が読めるようになったり、考えられなかったことが考えられるようになる、それが大学の付加価値ではないか」と投げかけた。多くの教員がハッとした。これまでは、「低学力な大学」ということで恥じて、プライドを持てていなかった。しかし、低学力大学ならではの使命があり、それは社会的に意義があることだ、と皆がその社会的役割を受け入れた。「法学者が腑に落ちるロジックを発見できたことがよかったのだと思います。学生を理解し、かつ、何故、こういう理想を追求するのかを説明することで味方を増やしていきました」。
 この出来事をきっかけに、教員は学生に学問の面白さを伝えることに腐心した。自主的に動き出す教員も現れ始めた。教務担当者は科目数をスリム化し、ティーティーチングを実践、半期に単位の科目を四単位にして一科目を厚く分厚くするカリキュラムを構想した。「現在のカリキュラム改革については、私はほとんど関わらず現場の教員が手掛けています」と述べる。
「学部長時代の四年間では、限りある資源の中でいかに学生の学びを深められるか、このことについてずっと考えてきました。例えば、初年次教育やゼミ改革、スチューデントアシスタント制度を導入すれば予算もかかります。こうした教育予算をどこからねん出するかを考えることも学部長の仕事だと思います。近隣高校も回り、高校生のニーズや高校の先生の率直な意見を掴むことも必要です。更にこうしたことをうまく教員に投げかけて、一緒に行動してもらわなければなりません」。
教育改革についても、教員個人の授業改善よりも、法学部全体の授業ルールを決めた。「例えば、私語対策として座席指定制度を提唱しました。シンプルだけれど非常に効果的でした。この取組を参考に前教務部長はチャイムと同時に授業を開始する、授業開始の厳格化を全学で行いました。新入生を中心に学生の遅刻は大幅に減りました。一授業の改善も重要ですが、最低限のルールを全教員に徹底するだけで驚くように変化することもあります。大学の雰囲気は、一人の教員がどんなに頑張っても変わりませんが、小さなことを組織的にやることで変わります」と述べる。教員の個人芸と考えられがちなFDだが、そもそも「学部教育」全体をどのようにデザインするかで劇的に変わる。これは事務局組織についても言えるだろう。
 しかし、こうした学部長スキルを学ぶ機会は実はどこにもない。そこで山本教授は、学部長研修が必要だと提案する。「大学のガバナンスやマネジメントが重要だと内外で叫ばれているにもかかわらず、改革の重要な担い手である学部長のスキルを高める手段がありません。学部長は中間管理職で、就任すればいきなり仕事が出来るものではありません。学部の戦略的な予算管理もマーケティングも知っていなければなりません」と述べる。一般的にFDは授業改善を指すのであり、行政管理は含まれていない。しかし、誰もが学長・学部長を務める可能性があり、選出されてから研修したのでは遅いのである。アメリカでは、教員の行政管理職向けの専門職大学院があるという。
しかしながら、多くが50〜60歳の学部長に研修は可能なのか。逆に、若い頃に行政管理研修をしてしまうのも一つの方法だが、学部長なんてまだ先、と真面目には勉強しないかもしれない。そこで、と山本教授は切り出す。
 「平教員の時から、委員会活動等を利用して、戦略的に教員の行政管理スキルを伸ばしていけないでしょうか。活動を通じて、徐々にリーダーシップを身につけ、マネジメント力を伸ばしていく仕組みを各大学で作れると良いと思います。トップには、これぞという教員に権限と予算を移譲し、プロジェクトを任せるという発想が大事だと思います」。
 こうした(OJT的な)内部研修の仕組みを作り、リーダーシップを取らせる経験を積み上げていく。これらを取り仕切るのが職員の役割でもあるのでは、と山本教授は述べる。もちろん、教員は流動的なので、幹部候補生が辞めてしまうこともあるかもしれない。逆に、前職で素晴らしい行政管理スキルを身に付けた教員が転職してくることもあるかもしれない。
 最後に、大学のリーダーシップのあり方についても苦言を呈した。「現在、学長のリーダーシップとは、トップダウン的な要素が強調されますが、民間企業でも、トップのリーダーシップとは現場をどう元気づけて、アイデアが出てくるように仕向けられるかが鍵ではないでしょうか。政府や産業界のいう大学ガバナンスとは単純な上意下達システムではないはずです」。