新米教員、新入生研修を乗っ取る(その4)〜研修を導入するだけじゃダメだった

前回の記事の通り、法学部のフレッシャーズ・ミーテイングは、実施している教員と学生が誇りに思うほどの高度な内容へと進化していきました。毎年、少しずつレベルアップしていった結果、他の学部が真似しようと思っても、簡単に真似ることのできないレベルまで達しています。

ところが、2008年まで、肝心の1年生の退学率は下がりませんでした。なんと、この研修を導入した2004年は6%もの退学率を出してしまったほどです。その後も5%前後を推移します。これは1年次の退学率としてはきわめて高い数字です。あんなにフレッシャーズ・ミーテイングではみんな仲良くなったのに、退学率は下がらないのです。春学期はまだしも秋学期に大量に学生が退学していきます。FMの効果は半年も持たないのです。本当に謎でした。

他方、僕自身のゼミでは、当時から退学者はほとんどありません。フレッシャーズ・ミーテイングできっちりと人間関係を築いたうえでゼミをやることで、1年次で退学した学生は思い出せないほど少ないわけです。入門演習では学生たちをグループワークでしっかりと鍛えます。学期末に発表会をやるときには上級生たちが押しかけ、1年生が泣くまでつっこみまくります。成績優秀者のグループを担当していたということもありますが、そんなゼミで1年生が辞めていくというのはよっぽど特殊な事情以外ありえません。

おまけに、1年次に僕の言う事を全く聞かず手を焼いた学生でも、4年次になって「先生、入門演習でやったことって、企業になんて説明すればいいんですか?」なんて聞いてきます。、就活の時期になって、1年次のゼミでやったことがいかに重要だったかということに気づく学生もいるのです。

それにしても、なぜ他のゼミで退学者が出てくるんだろう? 僕のゼミと他の教員のゼミと何が違うんだろう? 本当に疑問でした。

そして、僕が学部長になり、初年次教育に力を入れ始めた2008年。入門演習では、すべてのゼミで合同プレゼン大会を実施することになりました。ゼミでの学びをグループでプレゼンしようというものです。他の先生たちにとってみると、そんなことやったことないわけですから、とってもきつかったみたいです。

その一方で、グループワーク研修のために、久留米大学の安永悟先生をお呼びして講演会を行ないました。講演の内容はとても充実したものであり、僕自身、安永先生が実践されているほどかっちりとしたグループワークやったことがなかったため、大変勉強になりました。

そして、最も衝撃を受けたのは、安永先生に、PAを導入した研修についての感想を伺った時です。安永先生は即座に「入学後研修で伝える学びのあり方がその後の学びと連動しているのであれば賛同します」とおっしゃいました。

衝撃の一言です。そして、この一言ですべてが氷解しました。僕自身は、フレッシャーズ・ミーテイングで新入生たちに、「仲間を作ってこそ学びが始まる」「ばかばかしいことをみんなで一生懸命やることって重要」「チームで課題を解くのが大学の勉強」「答えのない問題を一生懸命考えることが学問」「みんなで体験したことを言葉で共有していくことが大切」というメッセージを送っていました。

僕のゼミでは、こうしたメッセージはそのままゼミの学びと連動しています。ところが、他のゼミでは、フレッシャーズ・ミーテイングで伝えるメッセージと、ゼミの学びの価値観が大きく乖離していたんだということにあらためて気付かされたのです。他のゼミでは、教員が一方的にだらだらとしゃべるだけだったり、数名に課題を与えて各自がそれを調べてきて発表するなど、およそ「チームワーク」などとは無縁のゼミだらけだったのです。

つまり、フレッシャーズ・ミーテイングで伝えた「チームワーク」とか「自主性」とか「問題解決」いう価値観と、実際の演習の価値観が断絶していたのです。これだと新入生はダブルバインドの状況に置かれてしまいます。「研修で教わったことと、実際の演習での雰囲気、どちらが正しいの?」というわけです。

こうしたダブルバインドな状況が当時の新入生たちにどれだけの負担やストレスを与えていたことでしょう。もしかすると、研修をやらない方がよっぽどよかったかもしれません。

ただ、フレッシャーズ・ミーテイングで打ち出した価値観は、その後、僕が学部長になり、入門演習の改革のベースになりました。他の教員に改革の方向性を納得してもらううえで、フレッシャーズ・ミーテイングでやってきたことは大きな役割を果たしたのも事実です。そういう見方からすると、無意味ではなかったのかもしれません。

ともあれ、フレッシャーズ・ミーテイングの意味は、入門演習の改革、および学部全体の改革が行われることで、始めて生きるようになりました。2009年のゼミでは、全ゼミ共通のプログラムを実施しました。不慣れな教員も多く、しかも、ゼミ編成で様々な問題をはらんでいたため、学びの成果自身は十分得られたとは思えません。ところが、この年の1年生の退学率は2.42%と過去最低となるのです。少なくとも、フレッシャーズ・ミーテイングの価値観とゼミ活動の価値観が連動したことが大きかったのではないかと思います。

結局、大学の改革というのは、一点だけを変えても成果が出るどころか、逆の作用を生み出すことさえあるということに、気付かされました。改革が持つ規範や価値観点は全体をカバーしてこそ意味があるといえます。研修の導入については明らかにそうです。

同じことは、企業研修でも言えるはずです。新入社員に対してウチの学部でやっているような研修をする企業は多いのですが、研修が伝えるメッセージと職場の雰囲気が乖離していれば、その研修は、職場へのソフトランディングや定着ではなく、逆の作用を生み出すことは容易に想像できます。

ともあれ、話を戻すと、大学改革で導入する諸取組が持つ規範や価値観とは、本当はディプロマ・ポリシーから導きだされるべきなんだと思います。企業の場合だと、研修の内容はあくまでも企業の理念からブレイクダウンされたものでなくてはならないのでしょう。

こうして考えると、研修を外部委託することの危うさに思い至るはずです。昨今、キャリア教育などで、多くの大学で外部委託が増えています。要注意だと思います。内部での改革を実施せずにキャリア研修だけ外部まかせというのは、危うい結果をもたらしかねないと思います。この点、本学も気を引き締める必要がありそうです。