中退問題の前提

中退問題、思いがけない反響を頂いてびっくりしています。このA大学のAくんは完全なフィクションなのですが、どうも多くの人の心の琴線に触れる何かがあったみたいですね。今度はC大学のC君を登場させようと考えています。A君よりさらに勉強ができず、家庭状況は変わらず、アルバイトも始めるのですが、それでも退学せずに頑張ることができる機会を与えようと努力している大学を舞台にしたいと思います。こちらももちろんフィクションです。

さて、このブログで大学の退学者問題を扱ったのは、多くの人に退学者問題の現状をお伝えしたいと思ったからです。そこで、ある種の典型例としてAくんを登場させてみました。現場で格闘している大学教員の方々からは「大変リアルだ」と好評でしたが、中には大学教員自身でも、多くの学生がこういうプロセスで中退に至っていることを知らない人も多いと思います。ましてや大学関係者以外の方からみたら、理解できない内容になっていたかもしれません。

そして、退学者問題を議論するにあたり、一つの前提条件が共有されていないと議論がすれ違うこともよくわかりました。

その前提条件とは、
「現在の大学進学率50%超の状況を生み出したのは、日本経済の構造変化が大きな要因である。ITの発達とアジア諸国の経済発展のために、20年前には存在していた正規社員の仕事の非正規化やアウトソーシング化が進み、日本から消滅しかけている。その結果、高卒で就職できる機会が激減し、大学進学率が急増した」というものです。

(参考)「法政大学の児美川孝一郎氏は、1992 年から 2010 年の間に高校新卒者求人数が 8 分の 1 に減少したことを指摘しつつ,「日本においては,高卒後『無業』のままの若者たちが,大量に街にあふれ出るといった事態を防いでいる……(中略)今日の大学や専門学校という存在は,冷徹に観察すれば,若年層における『潜在的な失業人口』をプールする場所として機能している」と述べている。(児美川孝一郎『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?─生き抜くために知っておくべきこと』日本図書センター,2011 年,68-71 頁。)

つまり、「高校で就職できず、大学に進学するしかない」層が大学に来ているということです。工業高校・商業高校で就職できる人は成績優秀なほんの一握りの人たちになりました。かつては経理ができたら企業に就職出来ましたが、現在、経理アウトソーシング化される仕事の代表です。北九州市にも大規模な大手のサービスセンターが誘致され、多くの企業の経理等を引き受けています。このサービスセンターに勤務している人はほとんどが派遣社員です。

あるいは、「勉強はできないけれど、高校で就職する意志も能力もないため、言われるがままに大学に進学」している層もたくさんいます。多くの高校が普通科であるため、特定の職業教育を行うわけではありません。普通科を卒業して就職できる仕事はいまや日本にはほとんどないのです。大学にいかざるを得ないという状況は同じなのです。

もちろん、私大の4割が定員割れしているにもかかわらず、さらに大学が増加し続けているという大学側の問題もあります。しかし、大学を減らした所で、進学率は減りません。進学率を減らすほど大学を減らすということは、すべての大学が定員を満たした後に、さらにそれらの大学も潰すということになります。それは不可能です。文科省は国公立を潰すことはできますが、定員が充足していて財務的な問題のない私学を無理やり潰すことはできません。したがって、現在より大学数を減らすには、真っ先に国公立を減らさなくてはいけないことになります。それはおかしな話ではないでしょうか。

さて、こうして大学進学率が(否応なしに)急増した結果、学生の経済的状況も大きく変化しました。かつては、比較的、経済的に余裕のある家庭の出身者のみが大学進学をしていたといえます。しかしその時代とは様変わりしました。学生生活実態調査などを見ても分かるように、親からの仕送りは減り、奨学金を借りている学生は増加し続けています。アルバイトをせざるを得ない状況がそこにはあります。そしてこの奨学金は給付型のものはほとんどなく、日本学生支援機構のものはすべて貸与型です。そのうちの大半は第二種(利子付き)です。

こうした変化は、日本社会の中であまりにも急激に起きたため、大学はその対応に苦慮しています。また、多くの人の認識もついていけていないのが現状ではないかと思います。

大学進学率の変化については、下のグラフをみてください。

進学率20%台の時代は25%も続いたのに、1990年代後半以降、10年単位で進学率が10%ずつ上昇しています。

よく「そもそも大学というものは〜」という人達がいますが、その人達の発言を聞いていると、殆どの場合、日本の進学率20%台の時代のことを言っていることがわかります。それは自分自身の大学時代を思い返しているだけなのです。どうせノスタルジーに浸るのなら、戦前の旧制高校から大学進学というのが「本来の大学のあるべき道」だと言ってくれたほうがまだよいではないかかと思う時もあります。

まとめると、大学進学率50%を超える状況をもたらしたのは、日本経済の急激な構造転換です。グローバル化とITの発達によって、日本社会から高卒職が激減、あるいは非正規社員化したことで、多くの高卒職が日本から消え失せ、その結果、大学進学する経済的な余裕のない家庭も含めて大学進学率が急増しているのです。

一部のトップ校だけでなく、日本の大学全般を視野に入れた議論を行うためには、こうした前提を抑えておく必要があると思うのです。