番外編〜こんなPBL研修をやってみた

先日、大学からおよそ30kmくらい離れた宗像グローバルアリーナというところで、「オフキャンパスFD研修」と題して1泊2日の教職員研修をやってきました。オフキャンパス研修は今回で2回目。大学を離れ自然豊かな場所のなかで、ゆっくりと参加者全員でグループワークの手法を学ぶとともに、その手法を使って初年次教育やFDについて考えるという内容です。学内でやる研修と違って、参加者同士が長時間一緒に過ごすわけで、参加者の方向性や一体感の醸成が促進され、ゆっくりと確実な教育改革につながっていくのです。

さて、今回は「ジグゾー学習法体験研修」「PBL体験研修」「ワールドカフェで『学生の学力』についてディスカッションする」「フィッシュボーンを使って今後のゼミ計画を立案する」という4つのワークショップをやりました。参加者は30名近く。どのワークショップも2時間ぐらいかけてたっぷりと取り組みました(写真はこちら)。

今回、僕がファシったのはPBL。Project Based LearningとかProblem Based Leaningのことです。「プロジェクトや課題が学びをもたらす」という考え方に立脚し、学生に対して知識を学ぶ前に課題を与え、学生はその課題をグループで解決するなかで、自らが学ぶ必要性に気づくとともに、知識を使って課題を解決する発想法を学びます。

「今日、最も重要な知識は教科の中にはない。知識を生かすことができる能力は到達範囲より重要である」(T. Wagner,2002) という考え方は、今の日本の(文系の)大学教育の中であまりに過小評価されていると思います。三重大学などでは、全学的にPBLが導入されるようになりましたが、でもまだ、PBLをやったことがあるという教員は非常に少ないのじゃないかなと思います。

僕自身は、2002年から入門演習では必ず「問題発見・問題解決学習」をやってきました。商店街で授業やゼミをやったのもそのためです。これは、学生にスキルとしての問題発見・問題解決能力を育成するということだけでなく、むしろ、大学生としての「マインドセット」の転換をもたらすことを重視していました。「ひとから成り立つシステムを理解する最良の方法は、それを変えてみようとすることだ、というK.Lewinのアクション・リサーチの姿勢(金井壽宏神戸大教授tweetより)」を実感させることが大切だと思ってきたからです。この課題に成功しようが失敗しようが、能動的な知識獲得の面白さと難しさを知ることは、その後の大学での勉強に対する姿勢をずいぶん変えるはずです。

さて、前置きはいいとして、今回、教員に対するPBL研修で悩んだのがテーマ。『東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた』や『発想する会社』で紹介されていたIDEOの「歯ブラシのイノベーションを考える」でもよいかと思いましたが、やっぱりもっとローカルなネタがいいなと思っているうちに、思い出したのが、以前、twitterが縁でお話した @shushokukatudou さんのアイディア。「キャリアデザインの一環として企業の仕事のやり方とか持ってるノウハウを学生に紹介するのはどうだろう」というものです。実際に伺ったお話はもっと具体的なものだったのですが、それこそ、そういう授業はPBLでやると面白いと思ったのです。twitterによる出会いが自分のアクションにつながるという意味でtwitterはスゴイですね。この出会いは大きかったです。

ともあれ、企業と連携したキャリアデザインの授業は、すでに多くの大学が取り組んでいるようです。そういう授業では、「学生自身の力を伸ばす」という観点からみて、「企業の人たちやその顧客と会い、自分の足で情報をとる」「授業を通じて得られた明示的・暗黙的な知識を使ってアウトプットする」というプロセスを組み込むことが不可欠だと、僕は思うのです。

で、ウチの大学がやるとしたら、やっぱり岡垣にある「ぶどうの樹」だろうなと。ここを運営しているグラノ24Kは、様々なマスコミで話題になっている(たとえばこれとか)ように、全国で20店舗を持ち、売上は30億、全店舗で実現できる「地産地消」システムを構築したユニークな会社です。おそらく、福岡では知らない人はいないでしょう。そういう面白いお店から、大学の近くでの新店舗展開という提案を受けたとしたら、学生たちは喜んで取組むだろうなあと思います。

教員研修とはいえ、そういう場に社長が来たら面白いだろうなあ。なんか本格的な研修をやってるっていう気分にもなるし、グループ発表も緊張感がまるで違うだろうなあ。そういう研修ってやったことなかったけど、実現できたら面白いだろうなあ。

というわけで、さっそく大学経由でこの会社の社長さんに連絡をとっていただき、説明のためにお会いすることにしました。お会いすると、社長の小役丸秀一さんは非常に気さくで、何事も好奇心旺盛な方。それに広報担当の方が元教員という異色の経歴の方で、PBLの説明をすると、瞬時にその趣旨を理解して下さり、快く研修に協力していただけると快諾していただきました。

結局、話がものすごく盛り上がり、打ち合わせの大半は雑談になってしまったほどです。前述したように、小役丸社長は好奇心旺盛で、遊び心とセンスがあり、人好きして、顧客目線を絶対にぶれさせない人。僕自身、大学とは別に仕事をしてきた中で、こういう社長さんと何人かお会いしたことがあります。厳しい競争環境にありながら、自身の個性から生み出される独自のポジションを築き、楽しく仕事してる人たち。こういう人たちと一緒に仕事をするとこちらも楽しくなるのです。特に、その顧客目線をぶれさせないという姿勢からは、学ぶことがものすごくあります。

というわけで、PBL研修のテーマは次のようになりました。

「「野の葡萄」等を経営しているグラノ24Kが八幡駅前に新店舗を展開するため、大学と一緒に新店舗づくりを考えたいという要望が大学に寄せられました(設定はフィクションです)。みなさんのグループで、新店舗の場所、コンセプト(八幡ならではの特色)、業態、営業時間、メニュー、PR方法、解決すべき課題等を考え、アイディアを1枚の模造紙にまとめて、社長の前でプレゼンしてください。」

なかなか面白いテーマですよね。それともちろん、「上記のような内容を授業で行うとして、その方法論と意義をまとめてください」ということも外せない。

実際に研修が始まると、どのグループも熱気がすごかったです。やっぱり「自由な発想で考えること」って誰にとっても楽しいことなんですね。あとは「社長の前でプレゼンする」というプレッシャーはやっぱりみなさんのヤル気を引き出したようです。この点は学生と一緒ですね。外部の人が混ざるだけで、参加者のモチベーションはぐっと違ってきます。

結局、どのグループも面白い発表をしたのですが、特に僕自身は「皿倉山の商業利用に先鞭をつけ、頂上からの夜景を売り物にした店舗をつくるとともに、ロープウェーと近郊のJR駅とのネットワークを様々なぶどうの樹の店舗で構築する」というプレゼンをしたチームが面白かったなあと。こういう発想を65歳を越えた人(しかも前職は警察官)が中心になってさらっと出すものだから、九国大には面白い人材が集まってると改めて実感しました。

その他、チャレンジ店舗で構成されるフードコートとか、ワールドレストラン、健康と食の大切さをコンセプトに病院や大学と連携したレストラン、イベントスペースを中心にしたレストランとか、いろんなアイディアが次々と湧き出ていました。

で、どのグループのプレゼンに対しても社長は、「その発想は面白い。実は、◯◯という場所でこんなことをやろうとしているのだが、それに近いかも」とか「我々の業界では◯◯というのですが、それと近いですよね」などと臨機応変なコメントをくれます。

で、なんと最後に、「みなさんが準備してるのを見て、自分も新店舗のアイディアを思いついた」といって、いきなり即興のプレゼンを始めたのです。

社長が提案するコンセプトは「大学生とお年寄りが出会う店」。「食ってなんだろうって考えたときに、それはコミュニケーションだろうと思う」という言葉から始まり、自己紹介から八幡の話と結びつけ、結局、お年寄りと若者って相性がいいんだけど、そういう人たちが出会う場ってないよね、お年寄りが調理し、学生と一緒になって食事をするようなお店ができたらどうなるんだろうという夢のような話を語りだしたのです。

特に最後が面白かった。店舗のロケーションとかコンセプトとか、そういうフードビジネスに常識的な話はすっとばし、「◯◯とみこさん、68歳。子供は◯◯大学に行って東京で仕事をしています。地元ではあんまり仕事が無いから仕方ないけど、夫と二人暮らしですることもなく、食事といえば一つのお弁当を二人で分けて食べるだけで、寂しいと思ってました。でも、このレストランで働き出して、学生さんの顔を見ながら料理をしたり、一緒に食事をとったりするうちに、『ああ、これは自分の第二の人生として与えられた仕事であり喜びなんだなあ』と感じるのです」という架空のレストランで働いている女性の手記で締めたのです。

模造紙もパワポも何も使わないで、即興で語ってくれた3〜4分程度のプレゼンなのですが、我々の頭の中にはくっきりとそのお店で働く人達の様子や、そこで食事をしている学生たちの顔が浮かびます。なんとすごいプレゼン。「夢を語る」とは自分がやりたいこと、自分のアイディアを語るのではなく、そこで実現されるものに関わる人々の思いをイメージすることなんだ、ということを明確に僕たちに示してくれただけでなく、そのイメージ喚起力に一同驚嘆し、拍手喝采でした。

もちろん実際のビジネスでは、売上-コスト=利益という図式に落としこんでいくわけですから、こんな夢だけで話が終わらないことは当然です。でも、実現可能性とかは脇においても、普段から、新しいお店、新しい取り組みを始めるとき、社長の頭の中にあるのはこういうことなんだろうなあ、そしてこういうイメージを語るから、従業員がみんなが付いていくんだろうし、お店が成功するんだろうなあということが容易に想像されます。

仮にこういう企業と連携して授業やゼミができるとしたら、僕は経営学とかマーケティングではなく、「キャリアデザイン」だろうと思います。知識の暗記力ではなく活用力。最初に社長から課題を出され、店舗や農園などをフィールドに様々な調査を行い、自分たちで構想を立案し、最後に社長の前でプレゼンするという授業。で、社長からおだてられて舞い上がったあとで、自分たちの何百倍もすごいプレゼンを最後に見せつけられてへこんで終わる。そうしたプロセスを通じて、学生が学ぶことはものすごくあるはずです。

逆に、経営学の人から見ると、この社長のプレゼンからは、経営学的視点が感じられてなくって、物足りないだろうなあと思います。でも、経営学の知識と企業が経営できることは別なのです。中小企業の大半は、経営学の知識は必要条件ですらないでしょう。そういう世界に入ろうとする学生たちは、やはり「大学で学ぶことって何なんだろう」と立ち止まって考える必要があるでしょうし、教員も「自分たちが提供している知識は何のためのものなんだろう」と自省するべきだと考えます。

「仕事で不可欠なことは顧客のニーズを想像することです」と言葉で伝えても、言葉そのものの意味は理解できても、その言葉通りに自分が思考できるかということは別の次元です。「顧客満足度」「従業員満足度」というキーワードを使って文章を作成できることと、社長をプレゼンを見て「ああ、自分たちのプレゼンに足りなかったのはこれなのか」と実感すること。どちらの方が、深い学びになるでしょうか。

大学と企業が連携してこういう授業をやることに対して、違和感を感じる人はまだまだ多いでしょう。やり方によっては浅薄なものになってしまう危険性もあります。でも、地域の中でキラリと光る企業を大学とつなぎ、学生を育てるための材料やフィールドを提供してもらうという取組の重要性は、この研修を通じて、本学では多くの教員に共有されたような気がします。


ということで、次は「夢の実現」ですね。とりあえず一里塚は突破したかなと。